横浜地方裁判所 平成11年(行ウ)42号 判決 2000年2月21日
原告
高柳俊子
同
高柳達郎
同
高柳雅郎
右法定代理人親権者母
高柳俊子
右三名訴訟代理人弁護士
舟辺治朗
同
宇田川博史
同
納谷全一郎
被告
横浜市青葉区長 渡邊昭男
右訴訟代理人弁護士
村瀬統一
同
二川裕之
同
大和田治樹
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第三 争点に対する判断
一 台帳課税主義と本件処分の適否
1 法は、固定資産税の納税義務者につき、三四三条一項において「固定資産の所有者(中略)に課する。」と定め、都市計画税の納税義務者について、七〇二条一項において「当該土地又は家屋の所有者に都市計画税を課することができる。」と定めている(なお、右各税は、賦課期日、すなわち、当該年度の初日の属する年の一月一日に当該不動産等を所有する者に課されるものとされている。法第三五九条、七〇二条の六)。このように、固定資産税及び都市計画税が、土地等の所有者に課するものとされているのは、これらの税が、土地等の資産価値に着目し、その所有という事実に担税力を認めて課されるいわゆる財産税であることによるものであると解される(固定資産税につき、最高裁第二小法廷昭和五九年一二月七日判決・民集三八巻一二号一二八七頁参照)。この見地からすれば、右各税は、本来真実の所有者に課されるべきものである。しかし、法は、固定資産税を課すべき三四三条一項にいう右「所有者」の意義につき、同条二項において「土地又は家屋については、土地登記簿若しくは土地補充課税台帳又は建物登記簿若しくは家屋補充課税台帳に所有者(区分所有に係る家屋については、当該家屋に係る建物の区分所有等に関する法律第二条第二項の区分所有者とする。(中略))として登記又は登録されている者をいう。」とし、都市計画税については、七〇二条二項において「当該土地又は家屋に係る固定資産税について第三四三条(第三項及び第八項を除く。)において所有者とされ、又は所有者とみなされる者をいう。」としている。このように、法は、固定資産税及び都市計画税を課すべき「所有者」を、右の各公簿上の所有名義人と定め、いわゆる台帳課税主義を採用しているが、これは、課税庁は、課税の対象となる多数の固定資産につき限られた人員で短期間に徴税事務を行わなければならないところ、私法上の所有権の帰属の判定には困難が伴うことから、徴税の便宜を図る必要があるという理由によるものであると解される(固定資産税につき、最高裁大法廷昭和三〇年三月二三日判決・民集九巻三号三三六頁参照)。
2 もっとも、法は、所有者として登記又は登録されている個人が賦課期日前に死亡しているときは、同日において当該土地又は家屋を現に所有している者を固定資産の「所有者」とする旨を定めている(三四三条二項後段、七〇二条二項)。
すなわち、右のような場合には、所有名義人をもって納税義務者とする台帳課税主義に例外を設けも「現に所有している者」という所有権の帰属する者をもって納税義務者とし、その限りで所有権の判定に困難が伴うことを甘受する考え方を取り入れている。これは、死亡している人からは現実問題として徴税できないために、やむを得ず例外を設けたものと解される。そうすると、右のような例外の場合を除いては、原則どおり所有名義人を納税義務者とするのが法の考え方であるというべきである。
そして、このような原則とわずかな例外とからなる固定資産税及び都市計画税の課税の在り方には、相応の合理性があるということができる。
3 本件では、平成一一年度の固定資産税及び都市計画税の賦課期日である平成一一年一月一日現在、原告らが本件物件の登記簿上の所有名義人とされ、かつ、原告らが生存しているので、被告は、原告らに対し、右の台帳課税主義に従って本件処分をしたものである。よって本件処分は適法というべきである。
二 台帳課税主義に例外を認めることの可否
原告らは、本件のように、家庭裁判所の審判書という公文書によって真実の所有者が証明されている場合には、台帳課税主義に例外を認め、原告らに課税すべきでない旨を主張する。
確かに、本件では、審査請求の段階では、登記簿上の所有名義人以外の者が真実の所有者であることが明らかになっていたといえる。しかし、一般的にいえば、租税法規は一義的明確に定められることが要請されているので、課税庁は、租税法規に定められた課税要件を充たす場合には、租税を減免する自由はなく、当該法規で定められたとおりの税額を徴収しなければならないと解される(合法性の原則)。そうでなければ、納税者によって取扱いが異なることになって税負担の公平を維持することができないからである。この点は、固定資産税及び都市計画税について定める地方税法の当該規定の場合においても変わるところがないと解される。
そこで、これを本件について見ると、原告らは、まず賦課期日に登記名義人であったものである。そして、原告らは、賦課期日後に相続放棄をしたため、賦課期日時点において登記に示されていた所有権を遡及的に失ったというのであるところ、右のような場合においては賦課期日時の所有名義人に対し固定資産税及び都市計画税を減免する旨の明文の規定があるわけではない。また、右のような場合に右各税の減免を認める旨のいわば拡大解釈を許すならば、税負担の公平上、登記簿上の所有名義人以外の者が真実の所有者であると認められるその他の場合にも同様の拡大解釈をすべきことにもなりかねないが、いかなる場合に真実の所有者が明らかであるとして右各税の減免を認めるべきか否かの解釈上の基準は、必ずしも明確にすることはできない。このような解釈は前記の租税法規の一義的明確性の要請からすれば、もとより不適当であるのみならず、課税庁が右解釈上の判断を誤った場合には、審査請求等の段階において私法上の所有権の争いの裁定を課税庁等が行うことになるが、これにより円滑な徴税事務の執行が妨げられるおそれがあり、これは台帳課税主義を定めた法の趣旨に反する。
以上によれば、課税台帳主義の例外が認められるのは、前記一2の場合に限られるというべきであり、本件は、右の例外の場合に該当しないから、本件について台帳課税主義の例外を認めることはできないと解するのが相当である。よって、原告らの前記主張は採用することができない。
三 本件の原告らの不利益の調整方法
そうすると、原告らのように、真実は所有権を有せず、固定資産税及び都市計画税を支払う理由がないにもかかわらず、これを真実の所有権者に代わって支払う必要のある者が出てくることにより、この者は、右各税を支払うことにより不利益を受けることになる一方で、真実の所有権者は同額の租税の支払義務を免れるという利益を受けることになる。このような場合、登記上の所有名義人は、真実の所有権者に対し、不当利得として、右納税分の返還請求をすることによって、負担の調整を求めることができると解される(固定資産税につき、最高裁第三小法廷昭和四七年一月二五日判決・民集二六巻一号一頁)。
本件では、原告らの相続放棄によって、亡邦郎の相続人は存在しないことになったのであるから、原告らは、相続財産法人に対し納税額分の不当利得返還請求を行い、これから弁済を受けることによって、調整を受けることになる。もっとも、本件では、原告らが相続財産法人から納税額分の回収を受けることは事実上困難が伴うことも予想される。しかし、このような事態も、法が、台帳課税主義を定めた段階で当然に予想されたものであるところ、法がこれについて特段の措置を講じていない上、徴税の確保という大局的見地を背景に技術上の必要により採用された台帳課税主義が前述のように一定の合理性を有するものとして肯認される以上、本件に限って例外を認めるべき理由はないという他ない。
四 結論
以上によれば、原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行訴法七条、民訴法六一条、六五条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 近藤壽邦 弘中聡浩)
別紙〔略〕